児童心理学にはどのような歴史があるのでしょうか。ヨーロッパに焦点を当てて昔と現代の児童心理学の違いや、どのような研究がなされ社会の動きによりどのように変化をしたかなどについて紹介します。

児童心理学の成立

児童心理学は児童を対象とした研究の一分野で、ドイツのW.プライヤーやアメリカのG.S.ホールらによって開拓されました。古代から中世のヨーロッパでは、子どもは保護の対象ではなく体が小さな大人と見なされていました。子どもが遊んだり学ぶ思春期という概念はなく、児童期くらいになるとよく労働をさせることが多かったのです。13世紀から18世紀は義務教育の確立や身分制の廃止により、乳幼児と大人の中間である『児童』の区別化が徐々にされました。啓蒙思想家のジャン・ジャック・ルソーが考えた教育論は、子どもが様々な能力や人格を身につけることに重きを置いています。

1989年に制定された『子どもの権利条約』は子どもの人権を守り子どもの最善の利益を考えて行動するといった内容の背景には、二度の世界大戦やユネスコの活動があります。子どもの人権の確立はイギリス産業革命での児童労働や子どもに対する虐待も関係しています。産業革命によって工場で労働する人が増えて、農村から都市に移住する人が増えて経済が成長しました。それにより所得が増え栄養状態が良くなり、乳幼児の死亡率が下がり子どもの養育環境が整った中流階級の家庭が増えました。子どもを大切に育て教育に投資する親が増えたので、子どもの発達過程や人格形成に対する関心が高まりました。この関心の高まりが発達心理学が発展した原因の一つです。E.H.ヘッケルの著書『児童の精神』は自分の息子が生まれた時から三年間観察して書かれていますが、この素朴な観察方法による研究が児童心理学の始まりとされています。初期の児童心理学では子どもの行動、発言、態度を事細かに観察し、知能、運動、感覚などがどのように発達するか研究しました。近代の経済社会の発展による資本家と労働者の利害対立や新たな身分意識の発生、社会を混乱させる不況による若者の失業増加、学生のモラトリアムなどにより、思春期という発達区分が明確になるようになりました。G.S.ホールは質問紙を使った児童の発達研究を行い、教師の実地調査もさせました。1901年にアメリカのボストンで若者の失業増加を改善するための職業指導運動が始まり、G.S.ホールは『青年期』という論文を書き、青年期の社会適応や職業の悩みを取り上げこれが青年期の発達問題を取り扱う青年心理学に繋がりました。青年の葛藤や苦悩は、青年が過ごす時代の経済状況や時代の価値観の変化とは切り離せません。

近代の児童心理学

1960年代には子どもの論理力の段階的な発達と大人の論理力を発生学の観点で分析した、ジャン・ピアジェの『思考発達理論』により、児童心理学は発達心理学に統合されました。1950年代は青年期に精神が発達し大人になれば終わるという考えが一般的でしたが、1960年代の社会変革を唱える学生運動や黒人の公民権運動などの影響を受けて、中年者や高齢者も社会問題の改善を求める風潮になったことで、精神の発達は成人した後も続くという見方が増えました。少子高齢化などにより新たな社会問題が生まれ、人間の生涯の過程が発達心理学の研究対象となりました。核家族化による孤独感を抱えた人の増加や、若者の就職難、年金のコスト増大、自己アイデンティティの未確立など先進国が抱える葛藤や苦悩は増える傾向にあります。

1970年代以前は子ども、成年、老人と区分することが多く、高齢者の発達課題を研究対象とする老年学もありました。1970年代以降は人間の精神は青年期に完成するのではなく、生涯に渡って発達するとする生涯発達心理学が主流になりました。近年では老化のネガティブなイメージは薄れ、老化は自然な現象であり有意義な知恵や洞察力を身に着ける過程という考えが増えました。年齢を重ねても自分らしく過ごせるように、仕事への取組みや人間関係など全体的な生活の質が重要とされています。

児童心理学と発達心理学の違い

児童心理学は児童の心理とそれに関する発達期を対象としていますが、発達心理学は生涯に渡る過程を対象としています。生まれてから成人するまでの上昇的変化過程だけでなく、成人期以降の下降的変化過程も含まれます。成長や変化の研究に有効なら、異常心理や動物心理も研究対象になります。乳児期、児童期、青年期、成人期、老年期の各発達期の特徴や相互関係の研究だけでなく、感情、知能、言語、人格などの精神機能の研究もします。また、人間と動物の比較や異なる文化の思考の比較などの分野もあります。言語発達においては違う言語社会にいても、初期発達は一様です。知的発達がある段階に達すると、それ相当の思考が生まれて言葉を使えるようになるとされています。

発達心理学の研究法は実験、観察、調査などですが、特有なものは血縁法や双生児法があります。双生児法は双子の類似性を比較し、精神機能がどの程度遺伝や環境によるのか調査します。血縁法は血縁関係にある者を比較します。また、違う世代集団の発達を比較する方法をコホート法と呼び、時代環境が発達に与える影響を調べます。

発達心理学は1960年代以降に目覚ましい発展をしましたが、基となる児童心理学に加えて幅広い研究目標や研究方法があることが理由とされています。臨床心理学は心を癒す効果があるので多くの関心が持たれていますが、その理論は発達心理学に属します。20世紀の終わりから発達心理学と臨床心理学の統合を目指す、発達臨床心理学や発達精神病理学という名称も生まれました。精神的障害も身体と同じように予防が重要とされていて、母親による育児放棄や離別など初期環境の負の要因が後の障害に関係することがわかっています。危険な要因やそれが障害となる経緯を調査し、障害になることを予防するリスク研究も行われています。発達心理学は1980年代以降に最も発展している心理学分野であり、よりいっそうの発展が期待されています。